「優しくしてね?」と言ったのは私

「優しくしてね?」と言ったのは私

「強くしないで…」
「…優しく、してくれますか?」

そうお願いした自分の声が、
思っていたよりも、ずっと小さく震えていた。

初めて会う彼に伝えるには、
あまりに個人的すぎる言葉だったかもしれない。
でも私は、今日だけは、“女のふり”をやめたかった。

強がらなくていい。
頑張らなくていい。

“壊れたままでも、大丈夫”って、
誰かにそっと思わせてほしかった。

 

「もちろん。今日は、触れるより先に、心を撫でますね」

彼のその一言に、
私は思わずうつむいた。

けれど――
彼の指が肩に置かれた瞬間、
背中から、すっと温かさが流れこんできた。

まるで、“今のままで、いいんですよ”と語りかけてくるような手のひら。
それだけで、涙が出そうになった。

 

背中、肩、首筋――
彼の指は、ためらうことなく、でも急がずに動いていく。
力を込めすぎることもなく、
ただ丁寧に、そっと包むように。

「このあたり、触れると緊張がほどけやすいんですよ」
「…安心するって、肌が教えてくれるんです」

その声が、胸の奥に沁み込んでくる。
“優しくしてね”という言葉は、
ただの希望じゃなかった。
――私の中でずっと叫んでいた、願いそのものだった。

 

彼の手が、鎖骨から胸元に差しかかる。
でも決して、焦らない。
すぐそばにあるのに、触れない。
その“距離”が、逆に心を溶かしていく。

「ここ、触れない方が気持ちいいときもありますよ」
「想像で埋めていく快感って、不思議ですけど…ちゃんと届くんです」

指が空気を撫でるように胸の輪郭をなぞる。
触れていないのに、息が詰まりそうになる。

それが、
“優しさ”の正体だった。

 

太ももへと手が移っていく。
肌の温度を確かめるようなリズムで、
手のひらが、すべる。

「大丈夫ですよ。
 あなたのペースで、気持ちいいを選んでください」

その一言に、
私は心の中で何度も頷いた。
“誰かに委ねてもいい”って思えたことが、
こんなに心を軽くしてくれるなんて、知らなかった。

 

唇を触れられていないのに、
なぜか、ずっとキスされているような感覚が続く。
言葉と手と、呼吸の間で、
私の輪郭が溶けていく。

触れられていない部分の方が、
ずっと熱くなっていく。

そんな感覚の中、
私はふと、自分が息を漏らしていることに気づく。

その音を聞いた彼は、
何も言わず、ただ手のひらを重ねてくれた。

包み込まれるような、その優しさに、
私は、今夜だけは泣いてもいいと思えた。

 

帰り際。
玄関の前で、私はふいに振り返った。

「…また、優しくしてくれますか?」

彼は穏やかに微笑んで、
静かにうなずいた。

“優しくしてね”
その言葉を、初めて自分のために言えた気がした。