「その夜、私は“女”に還った」—15人の女性、15の秘密の夜 第2話『キスだけして』が叶わなかった夜

『キスだけして』が叶わなかった夜

「キスだけ…してくれませんか?」

ホテルのベッドに座りながら、彼にそう伝えたのは、
自分でも笑ってしまうほど震えた声だった。
女として、母として、妻として。
あらゆる役割を生きてきて、
ようやく“女だけの私”に戻れるこの時間。

――でも、キスだけ。

そう決めていたはずだった。
誰かと深く関わることも、
身体を晒すことも、もういらない。
ただ、唇を重ねて、女としての感覚だけを思い出せれば、それでいい…と。

 

彼は何も言わず、すっと近づいてきた。
ゆっくりと、まるで夢の続きをなぞるように、
彼の唇が私の唇に重なる。

温かくて、柔らかくて、
でも、あまりに深くて。

思わず目を閉じた瞬間、
身体のどこかが「もっと」と声をあげた。
心が先に求めて、理性があとから遅れて否定する。

――“ダメ、キスだけって言ったのに”。

でも、その「ダメ」がどこか心地よくて、
自分の中のもう一人の自分が、くすりと笑った。

 

「もう…帰らなきゃ」

そう言おうとしたときには、
彼の指先が私の髪を優しくすくいあげ、首筋へと滑り込んでいた。
肌に触れた瞬間、
びくん、と腰が揺れる。
何年ぶりだろう、こんな風に自分が“女の身体”として反応したのは。

彼の吐息が耳元で溶けるように囁いた。

「奥さん、キスだけじゃ足りないんでしょう?」

否定の言葉が、喉の奥で溶けていく。
抗えないのではない。
抗いたくなかった――それだけだ。

 

ワンピースのファスナーが、背中を這う。
手の甲が胸をそっとすくった瞬間、
息が漏れた。
夫にはもう何年も見せていない、
素直な身体の反応だった。

唇から始まったはずの夜が、
知らない場所を撫で回されるたびに、
私の“女のスイッチ”を次々に目覚めさせていく。

キスだけ、のはずだった。
けれど、今の私は、もう誰かの妻ではなく、
ただ“快感を覚えたがる女”。

それは、いけないことだとわかっていた。
でも、いけないことほど、気持ちいい。

その夜、私はすべてを脱いだ。
服も、建前も、常識も。
唇の、その先まで。