彼の声だけで、身体が溶けていった夜

彼の声だけで、身体が溶けていった夜

静まり返った寝室のなかで、
ベッドの上に腰掛けた私は、
自分でも信じられないほど、緊張していた。

「今夜は、“触れないサービス”でお願いしたいんです」

予約フォームにそう書いたのは、
心の奥で、何かを試してみたかったから。

身体じゃなく、
心の奥から溶けていくような快感って、存在するのだろうか

 

ノックの音。
開けたドアの向こうにいた彼は、黒いジャケット姿で、声よりも先に深い静けさをまとっていた。

「こんばんは」
低く、包み込むような声。
その一言で、背筋がふるりと震えた。

「触れなくても、ちゃんと感じさせてみせます。……いいですか?」

「……お願いします」

 

部屋の明かりを落とすと、
彼はソファに座り、私はベッドの端に腰を下ろす。
距離はあるのに、声が、すぐそばで囁かれているように届く

「今日は、ずっとあなたのことを見てた。
 どんな声で名前を呼ばれたくて、
 どんな言葉に身体が熱を持つのかを、想像しながら」

その言葉だけで、
太ももに置いた自分の指先がじわりと汗ばんでいくのがわかった。

 

「あなたの髪に触れてもいないのに、
 こうして見ているだけで、指がうずくんです。
 ……きっと、あなたの首筋、柔らかいんだろうなって」

彼の声が、耳の奥をなぞる。
目を閉じると、まるでその指がほんとうに首筋をたどっているかのように、
肌が敏感に反応する。

 

「うなじから、背中へ、
 そして、腰のくびれに沿って、指を滑らせたら……」

想像だけで、腰が勝手に浮いた。
触れられていない。
なのに、声の中にある熱と吐息が、感覚を支配していく

「……わたし、変ですか?」

思わず漏れた声に、彼は即答した。

「いいえ。
 あなたの中に、ちゃんと火がある証拠です。
 言葉だけで、そこまで反応できる人は、
 本当に感度がいいんです」

 

「じゃあ、もっと深く……」

彼が声のトーンを落とすと、
鼓膜が、音の波にくすぐられるように震えた。

「胸の奥、奥。
 あなたが、ずっと誰にも見せなかった場所に、
 僕の声が届いていく。
 どうですか……少しずつ、熱くなってきたでしょう?」

 

返事ができなかった。
呼吸が深くなり、脚が自然に開いていく。
自分の手が、
その熱の中心に、そっと触れてしまいそうになる。

 

「もう、声だけじゃ足りなくなってきてますね」
彼の言葉が、意地悪く微笑む。

「でも、触れません。
 今夜は、あなたが自分で感じる夜。
 僕の声が、導くだけです」

 

私はベッドの上で、目を閉じたまま、
彼の声に身を委ねた。

まるで、音が舌のように這い、
言葉が指先のように撫でていく。

「そのまま、もっと奥まで……」

声だけで、
私は自分の感覚が、こんなにも鋭いことを知った

身体より先に、
心が、完全に委ねてしまっていた。

 

彼が最後に言った。

「あなたは、触れられなくても“満たされる”ことができる女性です。
 ……それって、すごく誇らしいことなんですよ」

その言葉に、私ははじめて、
“自分の欲望を美しいと思えた”。

 

音のない部屋のなかで、
彼の声だけが、まだ私の耳の奥に残っていた。