母親の顔しか知らない私が、“女”に戻る瞬間

その日、夫と子どもたちは義実家へ泊まりに行った。

久しぶりに訪れた“誰もいない夜”。
キッチンに並ぶ食器も、誰かに呼ばれる声もない、静かな夜。

なのに私は、なぜか落ち着かず、
ソファに座っても、ベッドに横になっても、
どこか体の芯が、ひとりでいることに戸惑っていた。

 

「……何をしたらいいんだろう、私って」

ふと、スマホを開いた指が、
自然と“女性用風俗”のページに触れたのは、
衝動ではなく、
本能だったのかもしれない

“母親の顔しか知らない自分”を、
少しだけでも、“女”に戻してみたい。
誰のためでもない、私の快楽を思い出したい夜

「今夜だけ、私を“女”として見てくれる人に、会いたい」

送信したメッセージのあと、
私はゆっくりとシャワーを浴びた。

化粧は薄く、ネイルは地味なまま。
でもそれでも、心のどこかで“見られる自分”を準備していた

 

ドアのチャイムが鳴いたのは、21時少し前。

「こんばんは。……お邪魔します」
その声が思ったよりも優しくて、
私は深く頷いた。

リビングに通すと、彼は部屋を見渡して、
「とても丁寧に暮らしていらっしゃるんですね」と微笑んだ。

その何気ない言葉に、
ずっと押し込めていた疲れが、少し溶けた気がした。

 

「緊張、されてますか?」

「……してます。
こんなこと、していいのかなって、思ってて」

「“いいか悪いか”じゃなく、
“必要だったかどうか”だと思いますよ」

その言葉に、涙が出そうになるのを堪えながら、頷いた。

 

ソファに腰を下ろし、
彼がそっと隣に座る。

「触れても大丈夫ですか?」

「……はい」
言葉にするだけで、身体がびくんと震える。

彼の手が、肩をゆっくりと撫でる。
その動きは、何かをほどくように優しかった。

「ずっと、誰かのために頑張ってきたんですね」

「……はい。
妻で、母親でいることが当たり前で、
気づいたら、“私”がどこにもいなくて」

「でも、今ここに、ちゃんと“あなた”がいますよ」
彼の手が、背中を抱き寄せた。

 

抱きしめられた瞬間、
自分がどれだけ“触れられていなかった”かを思い出した。
もう何年も、
夫からこうして抱かれることもなかった。

触れられるだけで、
温度が、息が、
身体に浸み込んでくる。

 

胸元に手が触れると、
服の下の肌が、じわじわと熱を帯びていく。

「ここ、感じやすいんですね」
「……そんなの、忘れてた」

私は、
“女の身体”がどんなふうに反応するのかを、
本当に、忘れていた。

 

彼の手が、ゆっくりと脚の内側を撫でる。
快感は、音もなく、波のようにやってくる。

「……もっと、欲しい」
その言葉が口から出たとき、
私はもう、“母親”でも“妻”でもなかった。

ただ、“私”としての欲望を、
静かに、確かに、差し出した。

 

その夜、私は
「してあげる」でもなく、「されるべき」でもなく、
“求めていい女”に戻った。

終わったあと、
彼の手が髪を優しく撫でたとき、
私は初めて、自分の身体が愛おしいと思えた。

「また来ていいですか?」
その問いに、私は笑って頷いた。

「……必要になったら、また呼びます」

それはきっと、
“私”が戻りたくなったときの、合図。