「抱かれてもいい、でも…その前で止めてほしいんです」
予約の確認電話でそう告げたとき、
自分でも、何を言ってるのかわからなかった。
したいわけじゃない。
でも、したくなるくらいまで、心をほどいてほしい。
その“ギリギリ”に身を委ねたくて、
私は今日、ひとりでホテルの部屋にいた。
ノックの音。
ドアを開けた瞬間、
空気がふっと変わるのを感じた。
彼は思っていたよりも、ずっと穏やかな表情で、
それでもどこかで“獣のような鋭さ”を内に隠していた。
「こんばんは。…今日は、どこまで行きましょうか?」
その一言に、背筋がすうっと痺れた。
オイルの香りが部屋に広がる。
指先が背中をなぞるたび、
私は少しずつ、現実から切り離されていく。
「肩、張ってますね。ずいぶん我慢してきたんじゃないですか?」
優しい声。
でも、その言葉にはどこか、
私の奥にある何かを見抜いてくる力があった。
“触れているのは肌だけじゃない”。
そんな感覚に、心がざわつく。
仰向けになったとき、
彼の指が鎖骨をゆっくりなぞった。
そこから胸元、腹部、腰骨へ。
どれも浅く、なぞるだけの動き。
でも、まるで全身を愛撫されているような錯覚に陥る。
私はもう、言葉を交わすことも忘れていた。
その“手”と“間”に、
心も身体も全部預けてしまっていたから。
不意に、彼が手を止めた。
私の目を見つめながら、
何かを確認するようにゆっくりと、タオルを整える。
「…このまま、進んでもいいですよ。でも、今日はやめておきます」
え?と視線を向けたとき、
彼は静かに笑っていた。
「本当に気持ちよくなりたいときは、
ちゃんと“自分の意思”で、望んでほしいんです。
…俺に、委ねたいって、あなたの言葉で」
その言葉が、
胸の奥で、音もなく着地した。
何もされていない。
触れられていない。
でも、私はすでに抱かれていた。
心ごと、静かに包み込まれていた。
帰り際。
玄関先で、彼がふっと息を吐いた。
「今日、あなたが口にしなかった言葉。
…次に会えたとき、聞かせてください」
そのまま部屋を出ていった彼の背中を見送りながら、
私はひとつ深く息をついた。
“まだ超えていない”。
けれど、あの夜――
私は、女としての自分をすでに手渡していた。
一線の、すぐ手前で。
