結婚式の前夜、最後の自由を買った

「明日、いよいよだね」
スマホの画面に映る婚約者の笑顔。
寝る前のテレビ電話。
彼はいつも通りで、穏やかで、
そして、優しかった。

「じゃあ、また明日ね。愛してるよ」

「……うん、私も」

通話を切ったあと、ベッドに背中をあずけて、
天井をぼんやりと見つめた。

 

完璧な人だった。
欠点なんて、いくら探しても見つからなかった。
結婚式の準備も全部協力的で、両親にも好かれていて、
優しさと誠実さに包まれたような人だった。

だけど――
どうしようもなく、物足りなさが残っていた。

 

「もう、誰かに触れられることもないんだよな」
つぶやいた声が、自分の中で響く。

欲望は、終わりじゃない。
“誰かのものになる”ことが、
“女としての自由”の終わりだなんて、思いたくなかった。

 

気づけば、スマホで検索を始めていた。
“女性用風俗”
“ホテル出張サービス”

「最後に、女として、わがままを叶えていいですか?」

その一文で、予約は完了した。

 

深夜2時。
ホテルの最上階、シティビューの部屋。
静かな夜景のなかで、ノックが鳴った。

「こんばんは。……遅くにすみません」
「いいえ。あなたが“今夜”を選んでくれたのなら、意味があるはずです」

そのセリフが、胸に静かに響いた。

「明日、結婚するんです」
彼に向かって、そう口にした自分に驚いた。
隠しておくつもりだったのに、
なぜか“知っていてほしかった”。

「そうですか。……じゃあ、今日は、
あなたが“自分のためだけに生きられる最後の夜”ですね」

その言葉に、なぜか喉の奥が震えた。

 

服の上から触れられた肩が、
不思議なほどに敏感だった。

「ちょっと緊張してるんですね。
でも、その奥に、何かもっと――違う火が灯ってる」

彼の手が、肩から鎖骨、そして胸へ。
滑らせるたびに、何かを“上書きされていく”ような感覚が走る。

「あなたの身体は、ずっと触れられるのを待ってた。
義務でもなく、愛でもなく、ただの快楽で」

 

指先が腹部をなぞり、
下腹部の境界線をじっくりと描くように動いていく。

「あ……そこ、だめ、って思ってたのに」
思わず口に出した声。
でも、止めたくなかった。

脚が勝手に開いていく。
目を閉じると、
愛しているはずの彼の顔が、
どこかに遠ざかっていく。

今、私は
“女のままで、女として、終わらせたい”と願っている。

 

「……奥まで、ちゃんと、感じて」
「……はい」

その返事は、
愛じゃない。
でも、私の奥にあった欲望に、
静かに蓋をしてくれる声だった。

 

その夜、私は
“結婚する女”ではなく、
“誰のものでもない、わたし”になった。

快楽のあと、
彼がそっと背中を撫でると、
不思議と涙は出なかった。

それは、罪悪感じゃなかった。
“終わらせるために必要だった儀式”だった。

 

朝、スチームで軽く整えた肌に、ウェディングドレスがすっと馴染んだ。

心には、
昨夜の快楽と、
「自分を抱きしめてくれたあの時間」だけが、
ほんの少し熱を残していた。

そして私は、
永遠の愛へと歩き出した――
最後の夜の秘密を胸にしまって。