月曜の夜、都内・品川の高層ビジネスホテル。
22時を過ぎても、ロビーにはネクタイを緩めたサラリーマンたちがちらほら残っていた。
その中に、私も混ざっていた。
スーツのジャケットを肩にかけたまま、左手にはスマホ、右手にはキャリーケース。
見慣れたこの景色の中で、私は「女であること」を、すっかり置いてきてしまっていた。
私は、39歳。
総合商社で課長を務める、いわゆる「バリキャリ女」。
数字、会議、報告書、クレーム処理――
そんな世界に身を置いて15年。
男社会の中で結果を出してきた代わりに、
「甘える」とか「頼る」とか、そういう感情の出し方を、
いつの間にか忘れていた。
「いま、会いに来てくれますか」
初めて、女性用風俗の予約フォームに打ち込んだ言葉だった。
数分後、セラピストという男性から届いた返信は、
驚くほど丁寧で、静かだった。
「大丈夫ですよ。今夜、ひとりになりたくなかったんですね」
…そうか。
私は、“誰かに触れてほしい”んじゃなくて、
“ひとりになりたくなかった”んだ。
部屋に彼が来たのは、23時過ぎ。
「こんばんは」
ホテルのカードキーを渡してから、扉を開けて迎え入れるまで、
心臓の音が自分でも聞こえるほどだった。
彼は、私より少し若く見えた。
ジャケットではなく、きれいにアイロンのかかったシャツ姿。
香水ではなく、石けんの香りがした。
「名刺、渡してもいいですか?」
「え?」
「…セラピストって、職業なんですよ」
そう言って差し出されたカードには、彼の名前とサロンのロゴ。
それがなんだか、やけに安心させてくれた。
「お疲れなんですね。肩、触れてもいいですか?」
そのひとことに、なぜか涙が滲んだ。
誰にもそんなふうに言われてこなかった。
職場では「戦力」としてしか扱われない。
恋愛は何年もしていないし、友人には強がってしまう。
「……いいですよ」
自分でも驚くほど小さな声で、そう返した。
彼の手が、私の肩にそっと置かれる。
それだけで、ふっと息が漏れた。
「だいぶ硬いですね。肩も、背中も」
「……そうですね、色々と、抱えすぎてたのかも」
何を話したのか、全部は覚えていない。
でも、気づいたときには、私は
男の人の前で、声を上げて泣いていた。
ずっと張っていた仮面が、
シーツの上に剥がれ落ちていくような感覚。
それを、彼は何も言わず、
ただ黙って、背中を撫でてくれていた。
その夜、私は“抱かれ”たのではない。
“抱きしめられた”。
私の中の“女”が、
ようやく自分を許した夜だった。
朝になっても、顔は少し腫れていたけれど、
心は不思議と軽くなっていた。
ホテルの窓を開けると、街がまだ眠っているようだった。
そして私は、そっと、ひとつだけ深呼吸をした。
