子どもに戻りたい夜、女でいたくなる

「……迎えに来てくれますか?」
駅前のロータリーで、私は震える指でスマホを握っていた。
バッグの中には、母との喧嘩で飛び出してきた財布と、
大学のレポートが数枚、ぐしゃぐしゃに突っ込まれていた。

実家暮らし。二十歳。
甘やかされてきたわけじゃないけど、
私のことを“ちゃんと女として扱ってくれる人”なんて、いなかった。

彼氏はいたけど、
会えばスマホばかりいじっていて、
私のことなんて、いつも“カラダありき”だった。

 

「迎えに行きますね。寒いから、あったかい飲み物買っておいてください」

セラピストという人からの返信は、妙に落ち着いていて、
それがまた、心に触れた。

“誰かが、私のために来てくれる”
その事実だけで、泣きそうになる。

 

待ち合わせたのは、近くのカラオケ。
ドリンクバーのカップを両手で握ったまま、
私は個室のソファに沈み込んでいた。

ドアをノックする音。
開いた瞬間、
彼は、優しい声でこう言った。

「会えてよかった。迷わず来られた?」

私は、ただ首をふるしかできなかった。

 

おかしな夜だった。
カラオケの個室という空間で、
私はまるで小さな子どものように泣いた。

彼は隣に座って、
ティッシュを差し出したり、肩に手を置いてくれたり、
それだけだったのに、
“触れてほしい”という気持ちが、じんわり広がっていく。

 

「甘えていいんですか?」
ぽつりとこぼした言葉に、彼はこう返してくれた。

「“甘えたい”って思えるのは、大人の証拠ですよ。
子どもは、“甘えてる”ことにすら気づけないから」

そう言って、私の頭を、ゆっくり撫でてくれた。
その手のひらは、大きくて、温かくて、
……安心よりも、少し、熱かった。

 

膝の上にそっと置かれた手。
「怖くないよ」って言うように、
指が、私の太ももの輪郭をなぞっていく。

私は、怖くなかった。
むしろ、その手に委ねたくて仕方がなかった。

“この人にだったら、どこまで触れられてもいい”
そんな風に思ってしまったことに、自分で驚く。

 

服の上から、優しくなぞられる動き。
そのたびに、胸の奥がキュッと締めつけられて、
でも同時に、
脚のあいだが、じんと熱を帯びてくるのがわかった。

“子どもに戻りたい”って思っていたのに、
今、私は――
“女として触れられたい”って、思ってる。

 

「自分がどうしたいのか、ちゃんと感じてみてください」

彼はそう言って、
ゆっくりと私の手をとって、
自分の胸元に重ねた。

ドクン、ドクン。
心臓の音が、
私の感覚を、どこか遠くへ連れていく。

 

夜が深くなるほど、
私の身体は素直になっていく。

「もう、わたし、大人ですか?」

そう訊いた私に、
彼は、ほんの一瞬の間のあとで、こう答えた。

「……うん。
ちゃんと、自分の“女”を感じてるから」

 

その返事が、
心のどこかに静かに火を灯した。

“愛されたい”とか、“抱きしめて”とか、
そういう言葉では足りない何かが、
あの夜の、あの個室の中で、
確かに芽を出していた。