「今日の投稿、5万いいね超えてたよ。すごい」
また誰かに言われる。
その言葉を、私は“ありがとう”と笑って受け取る。
でも、ふとした瞬間に思う。
“すごいね”って言われるたびに、
私の“本当の顔”から、誰も遠ざかっていく気がする。
30歳。インフルエンサー。
コスメ、ライフスタイル、ファッション。
SNSでは、整えられた部屋と、笑顔の自撮り。
「理想の暮らし」「完璧な女」
そんなラベルの下で、“現実の私”は、
静かに、孤独になっていった。
きっかけは、
“風俗”という単語を、女友達が口にしたことだった。
「何もしてくれない彼より、
こっちの方が、よっぽど私のこと見てくれる」
冗談っぽく笑った彼女の目が、
なぜか、とてもまっすぐに見えた。
私は“見られる”ことには慣れている。
でも、“見抜かれる”ことには、驚くほど弱い。
その夜、私はアカウントとは無関係の名義で、予約を入れた。
都心のタワーマンション。
誰にも知られず、こっそり借りられる短期の部屋。
きちんと掃除されたソファ、
柔らかい間接照明。
ここなら、誰にも“バレない”と思えた。
「こんばんは、はじめまして」
ドアを開けると、
彼は私の顔を一瞥して、静かに笑った。
「なんとなく、お会いしたことがあるような気がしますけど……気のせいですよね」
冗談のような、探るような。
私は笑ってごまかした。
「似た人、よくいるんです」
彼はそれ以上は何も訊かなかった。
ただ、私がソファに座ると、
「緊張してますか?」とだけ聞いた。
「……してないと思ってました。
でも、身体が、ちょっと震えてます」
「本当の自分に戻るときって、
少し怖いものですよ」
その言葉に、
私は何も返せなかった。
彼の手が、そっと私の肩に置かれる。
その動きが、とてもゆっくりで、
“演出”ではなく、“確認”のように思えた。
「人から見られる時間が長い人ほど、
“触れられる”ことに飢えるんです」
まるで、私の心を読んだみたいに。
指先が、首筋から鎖骨へ、
ゆるやかに滑っていく。
「すごいですね」とも、
「綺麗ですね」とも、
彼は一度も言わなかった。
ただ、
“ここにいるあなた”だけを見ているような手だった。
胸元に触れるその前、
彼は一呼吸、間を置いた。
「触れていいですか?」
そのひと言が、
私の“拒否する力”を、すっと奪っていった。
服の上から、胸の輪郭をなぞる。
指の腹が、ゆっくりと内側へ沈んでいく。
「……感じるんですね。
人に、ちゃんと触れられるの、久しぶりですか?」
私は、言葉の代わりに、
ほんの微かな声を漏らした。
触れられるだけで、
なぜ、こんなにも心がほどけていくんだろう。
SNSでは、
どんな言葉をもらっても、
“心が揺れる”ことなんてなかったのに。
その夜、私は“すごい”って言われなかった。
でも、誰よりも深く、自分が“女”であることを知った気がした。
彼が部屋を出ていったあと、
スマホを手にした私は、
久しぶりに――
「誰にも見せない自撮り」を撮った。
そこに写っていたのは、
誰にも媚びていない、素の“私”の顔だった。
